日本最大級の縄文時代の集落跡 三内丸山遺跡

青森県にある三内丸山遺跡は縄文時代の集落跡としては大規模な遺跡として有名です。縄文時代の自然環境や生活等を解明するために、現在でも発掘は行われています。そんな魅力あふれる三内丸山遺跡についてご紹介したいと思います。

三内丸山遺跡とは
三内丸山遺跡ははるか昔になりますが5500年前から4000年前の縄文時代の大規模な集落跡です。その大規模な集落には住居はもちろんのこと、墓、捨て場、道路そして、この三内丸山遺跡の代表と言ってもいい堀立柱建物や六本柱建物がありました。この遺跡の発掘から集落全体の様子や当時の自然環境等が具体的に解明されました。
また、膨大な量の縄文土器や石器が発掘され、中でも日本最大級の板状土偶などが出土しています。
2000年に国の特別史跡に指定されていて、遺跡敷地内には資料館も併設されています。
遺跡内ではタブレットを使った遺跡見学や、子供向けに詳しく遺跡を紹介するコンテンツなども用意されているほか、ボランティアガイドによる遺跡の案内なども行っています。

堀立柱建物・六本柱建物とは
掘立柱建物は地面に穴を掘り、土台となる礎石を使用せず、そのまま柱を立てた建物。この建築方式は民家建築として18世紀頃まで建てられていた方式です。
遺跡として残る掘立柱建物跡は柱を立てるための穴が規則的に配列されている事が多いのが特徴です。また、掘立建物の床が高いものを高床建物といい、この高床建物跡の場合、当時の生活の痕跡が残りにくいとされています。
六本柱建物は掘立柱建物として、縄文時代に出現した建物です。三内丸山遺跡で検出された六本柱建物は柱の大きさが評価され、当時の技術を知る上でもっとも重要なものです。また、大きさだけでなく三内丸山遺跡にある六本柱建物のすべてが柱穴の間隔・幅・深さが4.2m・2m・2mで統一されていたことが注目され、この三内丸山の集落に住んでいた人が高度な技術を持っていたことを証明するものだと言えます。さらにこの大きな建物を建てるにあたり多くの人が必要であったことから、この三内丸山には集落の人々を指導するリーダーがいたことが推測されています。
この六本柱建物は三内丸山遺跡内に復元されており、当時の素晴らしい技術を目で見ることができます。

縄文時代の最大の集落跡である三内丸山遺跡は、たくさんの子供向けのイベントや三内丸山遺跡のキャラクター「さんまる」を使用したコンテンツ、タブレットを資料した最先端のガイド方法を用意して、子供にもこの偉大な遺跡を知ってもらおうという努力が感じられます。遺跡と言うと子供が退屈してしまうイメージがありますが、三内丸山遺跡は子供も楽しめる遺跡です。